ロックで生きたい    2010/5/18(Thu)

  おいらが男に生まれたら名前は決まっていた。

雄次郎!

  いかにも、半端に生きて楽しくチンピラしているような名前である。漢って感じで生きていそうだ。ゴッドファーザーという名画がある。あれの次男は血の気が多くて、心は優しくて男気があり、その性格が災いして蜂の巣になった。あれをテレビで観たのは小学校2年生。おいらは、自分の将来を見ているようで、ぞっとした。そのときは、女に生まれてよかった、と思ったものだ。

  おいらの名前は、雄次郎。ゆうちゃんと呼んでね♪

  最近、おいらは半分雄次郎で、なんだかわからないロックが頭の中で響いている。


■    星川    ■

  ときメモの星川ゎ!!おれに惚れるんじゃねぇ。5ヶ月もほうっておいたのに、呼び出すんじゃねぇ。おいらは、前田と手もつないだんだぜ。前田スペシャルに乗ったんだぜ。星川ゎ!お前はおいらにはまぶしすぎる。呼び出すんじゃねぇ。

  努力に努力を重ねて、前田が出てこなかった。疲弊した。


■    末期がんの母    ■

  末期がんである母を、いくつもの東京の病院に相談、面談を繰り返し、兄からは「子どもの責任を放棄する」ホスピスに転院させました。彼女は自由を満喫しています。末期がんってなに?というほど、元気です。さすがに食欲はないみたい。夜も眠れないみたい。結構元気ですが、結構早いかも。


  わたしは、自分で言うのもなんですが、結構優しい人間だったりします。このくそばばあぁ!と思うことも多いですが、それなりに優しく接して、志保なりに無理しています。

  転院をめぐって、また兄弟とケンカ。この3ヶ月何が疲れたかというと、兄弟とのもめごと。しほが母と絶縁していた約10年間の平和が懐かしい。今は葬式でもめていて、わたし自身もかなり面倒になったので、しほ欠席でやってくれよ、、、と思う始末。


  しかし、我ら3兄弟は優しい人間でもあるので、大喧嘩していても、母の前ではとりあえず、しれーっとしています。多分、それぞれが母と二人きりのときにあれこれ言っているのでしょう。このGWの期間中隣への引越しを控えていましたが、それに転院も重なり大わらわ。ああだこうだああだこうだ、実家に母と一緒に帰宅しなかっただけでテメイ呼ばわり。ひろぼーも一緒に罵倒されまくり。原因の母の帰宅だって、「しほにあれしてもらい、あれをやらせて…」。どんだけ私を働かせるんですか?私にはわたしの生活もあるしね。引越しがあるから無理、も通らない男尊女卑思想をどうにかしていただけませんかね。兄弟のあれこれには死ぬほどムカついていたので、大体チクりました。

  母もここでしほを手放したら、便利な女中がいなくなると思ったのか、一瞬感謝を表しましたが、感謝は女中を引き止める程度のもの。その一瞬でおしまい。今週も毎日通ってあれこれ用事をこなしています。病状が発覚してからもう3ヶ月。私が母の側で話す時間はいまだありません。レントゲンでは彼女の余命はあと1ヵ月半。彼女は用だけ言いつけるだけ言いつけて、ねぎらいの言葉もなく、あの世に行くのでしょうね。あの世に行く前に、兄弟をかばうために罵倒までするかな?

  今現在、私もペロの母の立場でもあるので、分かるのですが、やっぱり彼女はしほの母親として最低です。

  本日は、母の知人のお祝いにワインを買いに走りました。明日はワインを持ってお祝いに私が行きます。病気はふせろ、とのお達しなので結構憂鬱。木曜はペロが遠足。金曜は母が友人と会うらしいが、それに立ち会え。お菓子を買って来い。髪の毛を洗え。

  気軽に頼みすぎ。私が先に倒れる。


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