夏休みがはじまった 2009/8/13(Thurs)
■ 8/7 ■
★ 高尾山
久しぶりに高尾山にペロと登った。
ペロは、昨年一番下から自分の足で登頂を果たした。その自信をペロがつけていたか、というと、そうでもなく、あれほど誉めちぎってあげたのに、知恵をつけたペロは、”高尾山結構しんどい”の方に引きずられてしまって、あまり乗り気ではなかった。しかし、知恵をつけたのはそこだけではなく、”高尾山に登ればお母さんが元気になるかもしれない”も分かり、母のために登山した。
おかげさまで、ペロと二人自然の中に行き、元気を取り戻しました。
やはり、ペロの体力はたいしたもので、前回よりかなり早いペースで登頂を果たした。下りるのはさすがに怖いらしく、ためらう場面が見られた。下山は、まだ自分の足で最後まで下りたことはない。毎年、途中からリフトに乗り下山していた。昨年まで、うひょーーーー!と喜んで乗っていたリフトをペロは怖がるようになった。といっても、自分の足で最後まで下山する気は親子ともになく、ケーブルカーに乗って下山した。
あ。そうそう。高尾山の吊橋で、ソフトバンクの息子の外国人とすれ違った。「こんにちは」と言ったら、「お疲れ様です。」と返され、名前も何も知らないから、思わず「ソフトバンクの人だ!」と叫んでしまったw。
★ アンネの日記
小学校3年のあるとき、母が『アンネの日記』を10冊くらい買った本の中に混ぜてくれた。『アンネの日記』といっても『日記』ではなく、アンネの一生が綴られた本だった。あれが、ナチスとユダヤ人に会った最初の本で、ものすごく衝撃を受けた。以来、わたしは、ナチスユダヤ人関係については平静でいられず、夢をみれば、いつも、わたしはユダヤ人だ。
教育テレビで、月曜から毎日30分のドラマを流した。イギリスがつくった映画で、今までみた『アンネの日記』の中で一番近いのではないか、と思う。本日、アンネは隠れ家で見つかる。最後のシーンで、思わず泣いてしまった。活発な女の子が誰でもそうであるように、アンネも本当に生意気で、でも、それが彼女の命のきらめきで、アンネは何度も「わたしは大人」と言って両親を悲しませる。しかし、見つかった瞬間、軍人が発した言葉は、「子どもだ」だ。アンネは恐怖で靴の金具も止められない子どもなのだ。この子の少女らしい『アンネの日記』をそろそろ読もうと思う。
■ 飲み会8/8 ■
幼稚園友達が飲み会をセッティングしてくれた。
バレエのレッスンが終わったあと、結構飲みました。鳥のさえずりが聞こえました。
本当にありがとうでした。というのは、わたしの友達としても、彼女らは実に助けてくれました。そして、ペロの友達のお母さんとしても。
発表会のプログラムの校正が、主宰者の都合で、入稿の状態になったとき、幼稚園にお迎えに行けなくなった。そのとき代わりにお迎えしてくれた。何よりも、ペロが幼稚園で荒れていた情報を教えてくれた。ペロの荒れ情報は、笑い話にできるレベルではなく、みんなが心配してくれていた。今日の飲み会で、一番彼女らが言いたかったのは、「ペロを守ってあげてちょうだい。」だった。
ペロの幼稚園の荒れっぷりは、想像で大体半数くらいの親御さんは、知っていてもきっと心配してくれ一緒に育ててくれる。しかし、半数の親御さんはそうもいくまい。お泊り会の日、幼稚園のお母さん方が集まってランチや飲み会があった。わたしは不参加。その席で、ペロの荒れ情報が再度流出されていたようだ。これも、そのお母さんにしてみれば、分からない話ではない。なぜなら、ペロの被害者だからだ。知った時点で謝ったが、謝罪が足りなかったのかもしれないし、不安が大きすぎたのかもしれない。
ペロは、幼稚園においては加害者である。それは動かせぬ事実である。けれど、彼女はまだ6歳であり、自分の言動がどれほどのものなのかは、まだ本当の意味では分かっていない。死ぬほど言い聞かせた。でも、まだ足りないかもしれない。いずれにせよ、ペロのあらゆる不快な言動は、わたしが発端であるからして、ペロはわたしの被害者であり、全責任はわたしにある。ただ、わたしが全責任を負えないんだよねぇ。これが痛いねぇ。というのは、幼稚園は幼稚園で、学校ほどでないにせよ、特殊な環境だから。幼稚園にわたしが介入できるなら、ペロの日々の言動を見、フォローもできる。でも、できない。
まだ6歳でありながら、この地元で生きていくのに罪を背負ってしまったペロが、本当に不憫だ。
まずは、ペロとの関係を優しく穏やかで平和なものにすること。ペロに対してはできるのはこれだけ。外部に対してはどうしましょうか。知恵つけて、心を柔軟にペロのために立ち回らなくてはね。
■ 疲れがとれた8/9 ■
鳥がさえずるまで外にいたので、今日は一日お休み。バカみたいに寝た。やっと発表会の疲れがとれた。
■ だらだらと…8/10 ■
だらだらとペロと二人でいた。
夜、『クラッシュ』という映画を観た。アメリカ人になるのは大変だと思った。でも、面白い映画だった。
■ お見舞いと恩師8/10 ■
★ お見舞い
助産院友達が発表会で多忙を極めていた間に入院した。今年はじめに、彼女の病気を知ったが、無知なわたしは、それがどれほどの病気であるかを知らなかった。
友達が入院日記をブログであげている。胸がつまる。ここまで大変なことだったのだ。ただただ、彼女の望むように健康を取り戻せれば、と願う。
ところで、先週、ペロの発表会にきてれくた方々に御礼の品を探していたが、改めて、女性の必須事項であるとも思われるスイーツ情報、美味しいもの情報に疎いを通り越し興味が自分にほとんどないことが、わたしを苦しめた。今日お見舞いに行った友達は、美食家である。美食家の彼女に何を持っていけばいいのか、、、本気で迷う。
思ったより、彼女の顔色がよかったことがよかった。他愛もないのか、本当は重要なのかよく分からない話をした。彼女の子どもにチック症状が出ている、ペロも若干出ている。二人の子どもはお母さんが大好きであるからこそかかってしまっている。とにかく彼女が健康を取り戻せますように。本当それだけ。
★ 恩師
わたしの旧姓がある地方に遊びに行き、わたしを思い出した大学の恩師から電話があった。
7年?8年ぶりに会った。ペロは顔は似ていないけれど、佇まい?雰囲気が、しほに似ているそうだ。ペロは、相変わらずおしゃべりで、きゃーきゃー話していた。びっくりしていたw。「誰に(おしゃべり)似ているの?君じゃないよね。」と言われたので、「わたしの母です。」と答えた。納得していたw。
■ 鑑賞8/11 ■
★ 映画鑑賞
渋谷に【ナイト・ミュージアム2】の吹き替え版を観に行った。大人にも耐えられる映画で子どもも楽しめる映画があってよかった。映画自体はそれなり。ペロは、上野の国立博物館が動き出すことを想像して本当に楽しそうだ。
★ 冒険
相変わらず道に迷っている。先手をうって、「お母さんと歩くとドキドキするでしょう?」とペロにふっておいた。即座に迷っていることに気付いたペロは、「誰かに聞こうよ。」と何度も繰り返す。わたしが目指しているのは、Bunkamuraなのだが、松涛美術館に行きそうになった。松涛美術館にはいずれ行きたいとは思っていたけれど、今ではない。道路の標識は、東中野を目指している。ここで、携帯をぱかっとあけ、ナビ画面にする。でも、わからない。疲れてしまったので、渋谷駅を探して帰ることにした。渋谷駅を目指していたら、、突如Bunkamuraが現れた。びっくりした。
★ だまし絵展
それなりに面白かった。
TOP BBS DIARY OLD NEXT
|