焼肉屋   2009/8/31(Mon)

  朝から、テレビはお祭り騒ぎで台風接近を伝えている。

  この日、本家スタジオのスタッフで夜焼肉をする予定になっていた。夜に東京直撃だとテレビは告げる。


  ペロは、たかが焼肉屋に行くだけなのに、着ていく洋服に余念がない。焼肉屋にわざわざおしゃれしていかなくても、、、とも思うが、パーティと捉えればあながち間違いでもないので、コーディネートするペロを放っておく。が、いよいよ出かける段になり、後で泣かれても面倒なので、台風直撃の現実を告げる。せっかくのおしゃれが台無しになることを知ったペロは、泣く寸前。そして、彼女が決めた方法は、行きは濡れてもいい可愛い服を着ていく。そして、焼肉屋に着いたら、一番好きな服に着替える、であった。

  泣かれても面倒なので、台風直撃直前の中、大荷物を抱えて出て行く。


  大して降られることもなく、到着。ペロ着替える。焼肉屋で焼肉。大変美味しかった。和気あいあいという雰囲気には程遠い中、ペロが先生の道化になり、場を和ませもたせた。あれで、ペロがいなかったらどういう場だったのか、、、なんのために集まったのか全く分からないが、焼肉は美味しかったので、まあ、いいや。


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   秩父へ   2009/8/30(Sun)

  休日出勤のひろぼーとは別に、ペロと二人で秩父へ出かけた。

  秩父には、わたしの中学の恩師がいる。

  先生は、ペロにいっぱいサービスをしてくれた。地元民しかしらない穴場の川へ連れていってくれた。ガードレールをまたいで、道なき道をすべるように降りると絶景が、、、。この道なき道を歩くにあたって、慎重なペロが泣き出すかと思ったが、先生が人に与える信頼感がペロに伝わり、先生と手をつないで下りた。


  ただ、この日、台風がくる直前でねぇ、、、。ちょうど川におりたときに雨がひどくなり、釣りも泳ぎも中止になった。

  その川は、奥は5メートルの深さがあり、岩から飛びこむことができる。ちょっと手前になると、小学生が泳げる。もっと手前になると、幼児がちゃぷちゃぷできる。もっと手前に行くと、魚釣りができる。そこで火をおこすこともできるらしく、超穴場。中止になったことを一番残念がっていたのは、先生で、「2年ぶりに飛び込みたかったのに」「秩父に来て川遊びができなくちゃなぁ、、、」などと言っていた。

  そのあと、あちこちに連れて行ってくれた。源氏蛍と平家蛍がでるところ。先生がきのこ博士であることを初めて知った。鍾乳洞にも連れて行ってもらった。

  大学の卒業報告に秩父に行った以来だったので、16年ぶりになる。すぐに見つけてくれたのも嬉しかった。何より、いろいろと話せたことが嬉しかった。中学のときの先生の年齢を、いまやわたしは超えた。少しだけ、あのときより大人になって、先生の人柄をあのときより違った意味で近く感じた。この先生がいなければ、わたしが中学卒業してやっていくことなど不可能だった。わがまま三昧だったわたしの話を聞いてくれた先生。わたしの進路に付き合ってくれた先生。この先生の教育者としての心の一部分でいいから、下の世代に残していくのが、わたしの恩返しである。


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   七五三とバレエと夕涼み会と劇団四季   2009/8/29(Sat)

■    七五三    ■

  ペロは4月生まれなので大柄。この間帰省したときに、ひょんなことから七五三の話になる。こちらとしては、なるべく安くやりたいので、夏に七五三の写真を撮り、11月に洋服でお参りしようかと思っていたら、ひろ母の反対にあう。要は七五三の着物でお参りしろ、と。

  お金出してくれるなら勿論やりますが、、、というのを呑み込んで、昨日お迎え前の時間に同級生の母達の意見を聞いてみる。お金くれるだけマシ、という声もあった。ペロはもうすっごくしゃべる人なので、七五三の電話で、「着物着て行きましたか?」の質問に、「もう夏に写真撮っちゃったよ。」と返してしまう。嘘をつかせるのはよくない。

  んでもって、今日は、ペロがお宮参り、3歳のときの七五三をやった神社と一緒にやっている貸衣装屋さんへ行って、ペロの衣裳を決めた。


■    バレエ    ■

  ペロの久しぶりのレッスン。アシスタントとしてお稽古場に入る。ペロ大きい、、というより、でかい。お腹もだんだん腹になっている、、、、ひょえーーー。さきほどの七五三の貸衣装屋でも「大きいですね。」といわれ、身長をはかったら、この一月で3センチ伸びていた。

  伸びていたのは、そこだけではなかったのを書いておく。ペロが音楽の音を聞くようになった。


■    夕涼み会    ■

  バレエが終わったら、幼稚園の夕涼み会。ペロに浴衣を着せ、ひろぼーに預ける。しほは経理だよ〜〜ん。


■    劇団四季    ■

  うちが住んでいる区は子育て支援が充実している。子育て応援券なる2万円の券が配られる。この応援券は、ペロくらいの年になってしまえば、使えるところもそれほど多くなく、ペロの友達は主として観劇に使っている。発表会が終わってから、ようやく、子育て応援券が使える劇を検索。なんと!劇団四季がひっかかった。即予約。

  夕涼み会を早退して、スタジオに帰らせ、大急ぎで着替えさせる。そして、ひろぼーと一緒に四季劇場へ。しほは、バレエだよ〜〜ん。

  ペロは自らスタンディングオベーションをしたらしい。ペロも面白かったらしいが、ひろぼーが感動していた。演目名は、『ユタと不思議な仲間たち』。のちにyou tubeでみたら、結構すごい設定だった。


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   夏季保育   2009/8/28(Fri)

  やっと、夏休み気分を味わっているのに、夏季保育がはじまりました。

  でも、なんかわたし自身が元気なので、午前保育が終わった11時半から夕方まで、ペロを連れて公園に行きました。

  久しぶりに友達と思い切り遊べてペロも嬉しそう。二日目なんか、ペロの友達3人は服がびしょぬれで、水をしたたらせながら家に帰りました。


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   八景島シーパラダイス   2009/8/26(Wed)

  夏休みって楽しいね!という気分になったので、水族館好きなペロを連れて、八景島シーパラダイスへ!!

  すっごく遠かった。ここって、ペロが2歳だか3歳のときに潮干狩りに来たところの隣だったのね。すごく昔に、さちやおやじやえびと一緒に行った水族館だったのね。

  今、八景島シーパラダイスは、ペンギン触れます。イルカが目の前の水槽で泳いでいて、イルカが近くに来てくれれば触れます。ペロはペンギンに糞をかけられました。なぜ、お母さんがお尻の方に行かなかったのか、と、責められました。セイウチが面白かったし、ホッキョクグマも、おお!と思った。

  ふと、気付いたのは、この水族館がいいせいか、かつてないほど皆さんデジカメ越しに魚を見ていること。もうちょっと自分の目で見てもいいのではないか、、と、電池切れしたデジカメを持って思いましたw。

  ペロは楽しんだようです。最後は、メリーゴーランドに乗りました。


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   お小遣い   2009/8/25(Tue)

  今日はお給料日。色々分けるのだが、ここに一つ項目ができた。

  ペロお小遣い  3,600円


  今、どっひゃー!と思いました?与えるわたしも、実は戦々恐々です。


  ペロが生まれたときに、ペロ名義の銀行印と実印をつくりました。これは、中学卒業して働いてやっとべスパの代金23万円を貯めた16歳なりたてのしほを、軟禁してハンコを買わせようとした大学生の集団がいた経験からです。あのハンコは高かったよ〜。最後はもうこの軟禁状態をといてもらえるなら、買ってやるよ、という気分の中、それでも持金を少なく言って、なんと16万円の3本セットを買ったんだ。さすがにいいハンコでよく誉められたけれどね、、、w


  ま、それはともかく、このペロのお小遣いに備えて、別に銀行印と通帳をつくりました。郵貯は、のちのち融通がきかなくなるので、三菱UFJで。しかし、三菱UFJはひどいね。こちらは、ペロのお小遣いのためにつくるので、その場で欲しかったのだが、勧められる通帳をつくったら、約1ヶ月かかったよ。で、こちらが頼みもしないのに、キャッスルタウン支店になっていた。どこ?それ?日本??


  ま、それはともかく、お小遣い制をはじめるにあたっての貯金箱、通帳、銀行印がそろった。


  ところで、6歳に3,600円って無謀な金額だと思うでしょう?時期も早いとも思う。


  ペロの金銭教育をいかにするか…というのも、頭を悩ませるところでした。労働の価値を教えるのと、国に人生をあずけちゃうのは分けて話さなくてはいけない。保険の意味も教えなくてはいけない。何よりも、お金の遣い方をどの時期にどのように教えるか。

  お金との付き合い方ってある意味性格かなぁ、とも思う。うちは兄弟3人いるが、全員お金との付き合い方が違う。ひろぼーの家も3人兄弟だが、お金との付き合い方がそれぞれ違う。これってどうして?と、思うと、ちゃんとした金銭教育を受けていないせいもあるけれど、元々持っている悲観主義型か楽観主義型かでも違うと思う。

  わたしは、元来悲観主義で、国をあまり信用していないし、自分の将来もあまり楽観していない。独立心旺盛なわたしは、小学校3年のときに、自活したくて、賃貸不動産の相場を知り、新聞配達の時給を調べ、高校にはどれくらいで通えるか、食費はどの程度か、などと、計算不得意なくせに計算していて、その計算は15で世の中に出たときにほとんど誤差がなかった。だからこそ、わたしは借金なしで、高校、大学と働きながらやっていけたのだと思う。わたし程度の金銭感覚はペロの身につけさせたい。

  それにはどうしたらいいか?ということを、ペロが生まれたときからいつもどこかで考えていた。

  発表会で人生から逃避していた7月、ぶらぶらとネットサーフィンしていたら、子どもの金銭教育に関する本がいくつも出版されていることを知った。片っ端から、図書館に予約して読む。女の子の場合、将来援助交際させないためにお小遣いをあげないほうがいい、という本さえあった。で、その中で、かしこい子どもを育てるおこづかいトレーニング―お金のやりくりで生きる力が身につく   岩下 桂子著   金子 フランク  学習研究社という本が一番わたしの金銭感覚に合った。

  ペロが欲しがるシールや、画用紙、折り紙、どれも比較的安価だが、あっという間に一月に1000円は超える。著者は、400円×年齢をお小遣いの設定にしていて、半分を貯金する主義。著者は、上記にあげた欲しいものに、学用品などの必需品(うわばき、靴など)も全部子どもに買わせる。1200円で6歳が1ヶ月生きていけますか?もちろん、これに洋服や髪留め、髪ゴムも入るよ。1200円じゃとんでもないのです。だから、600円×年齢にしました。半分貯金して手元に一月1800円の範囲なら知恵をしぼって、欲しいものと必需品を買うことができるでしょう。もちろん、必需品で足りない分は、貯金をおろすんだよ。とはいえ、高価なものもあるよね。傘は安ければ1000円以下で買える。でも、ペロがほしがるシナモロールのキャラクターがついたものは2100円。1000円で買えるものを倍の値段。ならば、その1000円はわたしが出してもいいが、シナモロール代はペロが出しなさいよ、という方針でいこうか、、、と。


  とはいえ、結構不憫でね、、w。こんな過酷なことをペロにさせちゃっていいのか、、とも思うが、上履き売り場で目が覚めた。

  上履きは一番安いので820円。ペロがほしいキャラクター付の上履きは1360円。下手すりゃ2100円。ここで、安易に2100円出すのもおかしい、いっちゃん安い真っ白な上履きに自分でシナモロール描けばいいじゃん、そっちの方がよっぽど素敵。でも、どうしてもどうしても、そこまでしてほしいのなら、貯金をおろして買えば、1ヶ月くらいは、幸せ気分を味わえるから、それは自分で決めなさい、もいいのではないか。

  しばらく頑張ってみます。なお、ペロはまだ値段がよく分かりません。なので、売り場でペロは死ぬほど考えた結果、先月のお小遣いで、シナモロールのタオルハンカチ(500円くらい)と、シール(400円くらい)と、折り紙(200円くらい)と画用紙×3冊(630円)を買いました。最後はお小遣いがなくなったので、必需品として親が半額出しました。親も頑張るから、ペロも頑張れ。


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   鹿児島   2009/8/23(Sun)

  毎年、ひろぼーの実家の鹿児島に、ひろぼー抜きで帰っている。

  今年はひろぼーとペロが行くはずだったが、ある飲み屋で見知らぬ人に、「行かないのはおかしい。」と言われ、その見知らぬ人のその他の発言が素晴らしかったし、本家の年下のスタッフにも「行かないのはおかしい。」と諭されたので、行くことにした。


  あ。ちーちゃんは、本家のH先生のところに預けた。


■    キングばりのホラー    ■

  ふんふんふん♪と、乗っていた行きの飛行機。

  もうすぐ鹿児島。夏ばてでご飯もろくに食べられなかったので、機内でお菓子を食べて朝食がわり。食後に飲むアレルギーの薬と、昨年の残りの酔い止めの薬を飲んでしばらくして着陸のサインが出た。その瞬間!!


  左目の奥が痛くなり、左脳が破裂しそうな痛みに襲われた。驚く客室乗務員。あまりのわたしの痛がりように、心配の言葉が少し棒読み。着陸態勢になったら、「病人が出ました。どなたかお医者様はいらっしゃいませんか?」もないんだな、、、と気付く。

  この痛みをたとえるのなら、『北斗の拳』で、ケンシロウに「お前はもう死んでいる」といわれ、「へ?」と頭蓋が大きくなっているような、、、。あわびゅ!とか言いそうな。キングで言うなら、異端のものが脳内に入ったような、、、。

  頭をわしづかみに抱え、うぐっ、むぅっ、と唸っているしほに、夫ひろぼーは、心配のあまり錯乱して、「薬飲むからいけないんだよ。のりぴーと一緒だよ。」とか、とても愛情があるとは思えないようなことを口走っていた。目が絶対とけている、と思うような感覚で、ひろぼーに目を見せ、「おかしくなってない?」と聞くと、「どこが?」と答えるひろぼー。もう家族じゃない、愛されていない、、、あれ?脳が破裂しそうでもそんなこと考えていられるんだなぁ、あ、右脳が考えているのか、、などと意外に冷静だったりもした。けれど、本気で死ぬかと思いました。


  鹿児島に降り立ち、盲人のように、ペロの肩に手をかけて歩く。驚いたのは、ひろぼー両親だ。機内よりは若干よくなっていたので、そのまま車中へ。途中、ひろぼーが食べたいと言っていたラーメン屋に寄った。もうあかん、と、思ったが、夏ばてなのに食欲はあって、完食。あれれ、、、?でも、また痛くなる。車中でまた寝て、ひろぼー実家でもまた寝て、全部ひろママにお任せで寝て、ごはんだけいただいて、夜中もまだちょっと痛くて、翌朝も痛くて、、、、。

  薬の飲み合わせが悪かったのかもしれないし、ここのところ、夏ばてがひどかったし、体調も数ヶ月よろしくなかったし、つまるところ、偏頭痛ってやつですかね。


■    性悪なペロw    ■

  ペロは、生意気な口をききもするが、基本しほ大好き人間なのに、鹿児島では少し違った。

  祖父母がいると、しほも言い返せないであろうという確信のもとに、しほを糾弾する。おっしゃっていることは、本当にごもっともで、わたくしとしては一言も言い返せないのであるが、その言い方、その顔つきが、憎たらしいを通り越し、唖然とする。こんな性悪なペロの顔を初めてみた。この顔はあと5年後のペロの顔である。戦慄を覚えた。


  本当に正当な意見なので、それはどうでもいいのだが、人への伝え方については厳重注意をしておいた。



■    ひろぼーがいる    ■

  今回の帰省でひろぼーがいるのは、全く違った。あ。それよりも、初っ端で、頭を抱えて盲人のように鹿児島に降り立ったのがまず違ったか、、、w


  ひろぼーはひろぼーで、(わたしに)かなり気を遣ってくれた。わたしは悪い嫁である。

  これまでのペロとの帰省の数回、義両親がともに出かけて、しほとペロでお留守番しなくてはいけないことがよくあった。鹿児島は広いので、当然車がなくては生きていけない。鹿児島だって絶対面白そうなのにどこにも出かけられない不自由さ。

  これをひろぼーが解消してくれた。家族3人で桜島に渡った。パソコンで調べると、釣りができるそうだ!ひろぼーもペロもやりたくなさそうだったが、我がままを通す。


  最後までひろぼーは、釣りはイヤだったようだが、、、、。他の釣り人からカサゴをもらった。 結局死んじゃったけれど、、、。一匹、名前も知らない魚を釣った。結局死んじゃったけれど、、、。


  自由に好きなことができた!!


  しほは、これで本当に元気になりました。




実に嬉しそうなわたし


■    おしゃっれー    ■

  ペロは、鹿児島に行くにあたり、服を選んだ。

  鹿児島に帰る服、お墓参りに行く服、海に行く服、笠沙に行く服、笠沙から帰る服、桜島に行く服、鹿児島にバイバイする服。


  鹿児島へは4泊5日であるw。

  靴も3足持っていった。その服に合う靴と合わない靴があるからね。

  お墓参りと海に行く日と笠沙に行く日が重なった。彼女は車の中で着替えたw


  笑い事だが笑い事じゃない。10年後を想像してみろ。


  ところで、わたしは、子どもの頃、学校に行く服、学校から帰ってそこらへんに出るときの服、家にいる服、お稽古事に行く服、と、着替えに着替え、毎日が着せ替え人形だった。学校でちょっとした、、そう、離任式や、ちょこっとしたイベントがあるとよそ行きを着る。髪飾りも山ほど持っていて、その日の服に合わせ、靴下も合わせ、、、、、。


  制服ができたとき、どれほど喜んだか、、、。

  そう。わたしがしたかったのではなく、母がそういう人だったのだ。わたしの母は実におしゃれさんだ。幼少のわたしですら立派な桐のタンスをふた棹もっていたくらいである。母がタンスを何棹もっているか数えられない。父が亡くなったあと、タンスに収めきれない服は、父の部屋に、、父の部屋がウォークインクロゼットになった。


  わたしとて、バレエをやっているくらいだから、綺麗な服を着るのは好きではあるが、公園にルノアールの絵ばりのお花飾りがわんさかとついた帽子はいらないし、ヒラヒラもふりふりも無用の長物であると思う。


  その反動か、ペロを野性味あふれる幼稚園に入れたわけだが、後々、わたしと反対の不満をペロは持つかもしれない。なんとか、母とわたしの中間あたりで落ち着いてくれると有難いのだが、、、。


■    花火    ■

  ひろぼーの家の伝統。

  手持ちの花火に火がついたら、大きく手をぐるぐると回す。

  なぜだか分からないが、とにかくペロは回せ。


■    孝行    ■

  今(9/1現在)思うと、全然親孝行してこなかったな、、、。来年、頑張る。


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   バレエをしなくちゃ!   2009/8/18(Tue)

  本家スタジオは、先週いっぱい夏休みとなった。

  正々堂々とスタジオAに行ける。

  8/15(土)は、昼間ともりんと食事して、さんざんっぱら話したあと、スタジオAに出かけた。なんて久しぶりなんでしょう、、、このメンバー、、、、。スタジオAの創立メンバーが何人もいて、スタジオA主宰者O先生のレッスン。

  あらら、どうしたことでしょう。わたしが上手いではないじゃないですか、、w。なんでか分からないけれど、軸が入っている。まっすぐだ。軸ができているから、丁寧に動けて、余裕がある。どうしたことでしょう。なんてバレエって楽しいのでしょう!なんて、バレエって素敵なんでしょう!レッスンが終わったあとの家への電話でも、わたしの声は張りがあって、「ねぇ、ペロ。バレエって素晴らしいね!お母さん、バレエ大好き。バレエって嬉しいね!」と伝えた。


  翌日の16日(日)も大手を振ってスタジオAに出かける。先生は違う。バレエシューズでのレッスンとポアントのレッスン。

  あらら、どうしたことでしょう。昨日の軸はどこに消えたのかしら。ポアントを履いた瞬間、つま先にポアント特有の違和感を感じた。てんそくじゃん、、これ。うっはーー。と、スタジオAの出席カードをみたら、わたしがポアントを履くのは3ヶ月ぶりだよ、、、。当たり前だよね。この違和感。当然、立つのはかなり困難で、センターに至ってはエシャッペ一つ、パッセ一つ、誤魔化して立つこともできやしない。


  次の日の17日(月)。ペロは、ここ数ヶ月の、「しほがバレエできない」系の愚痴や怒りをひしひしと感じていた。そこへ一昨日のわたしからの歓喜の電話。ペロは、「絶対スタジオAに行ったほうがいい。」と言ってくれる。ペロ付で、スタジオA入り。

  先生はO先生。贅沢ですが、ペロがいると、やはり集中できないところがある。先生にしても、わたしを怒り辛い。というのは、一昨日はともかくとして、今日のメンバーは似たり寄ったりのレベルで、ペロがいなければ、まず間違いなくキレていただろうと思うので、、、。やはり、ペロを連れて行くのは違うかな、、、とも思いました。


  18日(火)。昨日届いた本家発表会のビデオを観て、改めて、助教師の子の踊りは素晴らしいと思ったので、助教師が代行するレッスンへペロ付きで。

  う〜〜〜〜ん。バレエって難しいなぁ、、、。あの、晴れやかな気持ちの土曜日のレッスンはどこにいったのか、、。自分の中心をしっかりつくれたらいいのになぁ、、、。


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   夏休みがはじまった   2009/8/13(Thurs)

■    8/7    ■

★  高尾山


  久しぶりに高尾山にペロと登った。

  ペロは、昨年一番下から自分の足で登頂を果たした。その自信をペロがつけていたか、というと、そうでもなく、あれほど誉めちぎってあげたのに、知恵をつけたペロは、”高尾山結構しんどい”の方に引きずられてしまって、あまり乗り気ではなかった。しかし、知恵をつけたのはそこだけではなく、”高尾山に登ればお母さんが元気になるかもしれない”も分かり、母のために登山した。


  おかげさまで、ペロと二人自然の中に行き、元気を取り戻しました。

  やはり、ペロの体力はたいしたもので、前回よりかなり早いペースで登頂を果たした。下りるのはさすがに怖いらしく、ためらう場面が見られた。下山は、まだ自分の足で最後まで下りたことはない。毎年、途中からリフトに乗り下山していた。昨年まで、うひょーーーー!と喜んで乗っていたリフトをペロは怖がるようになった。といっても、自分の足で最後まで下山する気は親子ともになく、ケーブルカーに乗って下山した。

  あ。そうそう。高尾山の吊橋で、ソフトバンクの息子の外国人とすれ違った。「こんにちは」と言ったら、「お疲れ様です。」と返され、名前も何も知らないから、思わず「ソフトバンクの人だ!」と叫んでしまったw。


★  アンネの日記


  小学校3年のあるとき、母が『アンネの日記』を10冊くらい買った本の中に混ぜてくれた。『アンネの日記』といっても『日記』ではなく、アンネの一生が綴られた本だった。あれが、ナチスとユダヤ人に会った最初の本で、ものすごく衝撃を受けた。以来、わたしは、ナチスユダヤ人関係については平静でいられず、夢をみれば、いつも、わたしはユダヤ人だ。

  教育テレビで、月曜から毎日30分のドラマを流した。イギリスがつくった映画で、今までみた『アンネの日記』の中で一番近いのではないか、と思う。本日、アンネは隠れ家で見つかる。最後のシーンで、思わず泣いてしまった。活発な女の子が誰でもそうであるように、アンネも本当に生意気で、でも、それが彼女の命のきらめきで、アンネは何度も「わたしは大人」と言って両親を悲しませる。しかし、見つかった瞬間、軍人が発した言葉は、「子どもだ」だ。アンネは恐怖で靴の金具も止められない子どもなのだ。この子の少女らしい『アンネの日記』をそろそろ読もうと思う。


■    飲み会8/8    ■

  幼稚園友達が飲み会をセッティングしてくれた。


  バレエのレッスンが終わったあと、結構飲みました。鳥のさえずりが聞こえました。

  本当にありがとうでした。というのは、わたしの友達としても、彼女らは実に助けてくれました。そして、ペロの友達のお母さんとしても。

  発表会のプログラムの校正が、主宰者の都合で、入稿の状態になったとき、幼稚園にお迎えに行けなくなった。そのとき代わりにお迎えしてくれた。何よりも、ペロが幼稚園で荒れていた情報を教えてくれた。ペロの荒れ情報は、笑い話にできるレベルではなく、みんなが心配してくれていた。今日の飲み会で、一番彼女らが言いたかったのは、「ペロを守ってあげてちょうだい。」だった。

  ペロの幼稚園の荒れっぷりは、想像で大体半数くらいの親御さんは、知っていてもきっと心配してくれ一緒に育ててくれる。しかし、半数の親御さんはそうもいくまい。お泊り会の日、幼稚園のお母さん方が集まってランチや飲み会があった。わたしは不参加。その席で、ペロの荒れ情報が再度流出されていたようだ。これも、そのお母さんにしてみれば、分からない話ではない。なぜなら、ペロの被害者だからだ。知った時点で謝ったが、謝罪が足りなかったのかもしれないし、不安が大きすぎたのかもしれない。

  ペロは、幼稚園においては加害者である。それは動かせぬ事実である。けれど、彼女はまだ6歳であり、自分の言動がどれほどのものなのかは、まだ本当の意味では分かっていない。死ぬほど言い聞かせた。でも、まだ足りないかもしれない。いずれにせよ、ペロのあらゆる不快な言動は、わたしが発端であるからして、ペロはわたしの被害者であり、全責任はわたしにある。ただ、わたしが全責任を負えないんだよねぇ。これが痛いねぇ。というのは、幼稚園は幼稚園で、学校ほどでないにせよ、特殊な環境だから。幼稚園にわたしが介入できるなら、ペロの日々の言動を見、フォローもできる。でも、できない。

  まだ6歳でありながら、この地元で生きていくのに罪を背負ってしまったペロが、本当に不憫だ。


  まずは、ペロとの関係を優しく穏やかで平和なものにすること。ペロに対してはできるのはこれだけ。外部に対してはどうしましょうか。知恵つけて、心を柔軟にペロのために立ち回らなくてはね。


■    疲れがとれた8/9    ■

  鳥がさえずるまで外にいたので、今日は一日お休み。バカみたいに寝た。やっと発表会の疲れがとれた。


■    だらだらと…8/10    ■

  だらだらとペロと二人でいた。

  夜、『クラッシュ』という映画を観た。アメリカ人になるのは大変だと思った。でも、面白い映画だった。


■    お見舞いと恩師8/10    ■

★  お見舞い

  助産院友達が発表会で多忙を極めていた間に入院した。今年はじめに、彼女の病気を知ったが、無知なわたしは、それがどれほどの病気であるかを知らなかった。

  友達が入院日記をブログであげている。胸がつまる。ここまで大変なことだったのだ。ただただ、彼女の望むように健康を取り戻せれば、と願う。

  ところで、先週、ペロの発表会にきてれくた方々に御礼の品を探していたが、改めて、女性の必須事項であるとも思われるスイーツ情報、美味しいもの情報に疎いを通り越し興味が自分にほとんどないことが、わたしを苦しめた。今日お見舞いに行った友達は、美食家である。美食家の彼女に何を持っていけばいいのか、、、本気で迷う。

  思ったより、彼女の顔色がよかったことがよかった。他愛もないのか、本当は重要なのかよく分からない話をした。彼女の子どもにチック症状が出ている、ペロも若干出ている。二人の子どもはお母さんが大好きであるからこそかかってしまっている。とにかく彼女が健康を取り戻せますように。本当それだけ。


★  恩師

  わたしの旧姓がある地方に遊びに行き、わたしを思い出した大学の恩師から電話があった。

  7年?8年ぶりに会った。ペロは顔は似ていないけれど、佇まい?雰囲気が、しほに似ているそうだ。ペロは、相変わらずおしゃべりで、きゃーきゃー話していた。びっくりしていたw。「誰に(おしゃべり)似ているの?君じゃないよね。」と言われたので、「わたしの母です。」と答えた。納得していたw。


■    鑑賞8/11    ■

★  映画鑑賞

  渋谷に【ナイト・ミュージアム2】の吹き替え版を観に行った。大人にも耐えられる映画で子どもも楽しめる映画があってよかった。映画自体はそれなり。ペロは、上野の国立博物館が動き出すことを想像して本当に楽しそうだ。


★  冒険

  相変わらず道に迷っている。先手をうって、「お母さんと歩くとドキドキするでしょう?」とペロにふっておいた。即座に迷っていることに気付いたペロは、「誰かに聞こうよ。」と何度も繰り返す。わたしが目指しているのは、Bunkamuraなのだが、松涛美術館に行きそうになった。松涛美術館にはいずれ行きたいとは思っていたけれど、今ではない。道路の標識は、東中野を目指している。ここで、携帯をぱかっとあけ、ナビ画面にする。でも、わからない。疲れてしまったので、渋谷駅を探して帰ることにした。渋谷駅を目指していたら、、突如Bunkamuraが現れた。びっくりした。


★  だまし絵展

  それなりに面白かった。


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   お元気ですか?発表会終了しました   2009/8/6(Thurs)

■    発表会終了前に    ■

  ペロのことも書いておかねば……。

  えーとえーと…うーんとうーんと……。

  忙しすぎて、ほとんど憶えていません。そうですねぇ、、、お泊り会やってたね。そうそう。お布団を風呂敷に包んで泥棒ルックで届けたんだ(^-^)。

  お泊り会では、昼はゴーヤチャンプル。ゴーヤを幼児が切る。ゴーヤをペロは食べられたらしい。それから裸でボディペンティング。プール。銭湯(銭湯は貸切、とはいえ、彼らが入った銭湯にはできるだけ入りたくないよね。本音ではw)。帰ってきたら、スイカ割り。ペロは変に慎重だからもちろんやらないw。で、そうめん流しで使った竹を使って、教育テレビでやっているピタゴラスィッチをつくったり…。そして、そのあとは手作りカレーだ!んでもって、キャンプファイアー。そして、野外映画館。盛りだくさんで、ペロは楽しかったようだ。先生方お疲れ様でした。


  初めて、ペロと離れた日。ペロは大丈夫だったが、しほは寂しい。ひろぼーが有給をとってくれ、ペロが生まれてから6年ぶりに夫婦二人の時間を持ちました。別に特にイベントをもつわけでなく二人でまったりと、ビデオ鑑賞などをしました。夜外食するためにひろぼーと出かけたら、いつも歩く道にペロがいないことが途方もなく寂しく感じました。


  いずれ、いかに子離れができるかが、しほの課題になるんだろうな…。



  また、一つの問題として、ペロが5月始めあたりから幼稚園で荒れていた情報を6月終わりに入手した。荒れ方はかなりひどく、初めて聞いたときは結構ショックを受けた。荒れていた原因は?と問われれば、『しほ』以外ありえません。わたしが徹頭徹尾悪いのだが、この幼稚園で、ペロの状況がわたしの耳に入るのに2ヶ月を要したこともショックだった。この幼稚園だからこそ入手できた情報で、ペロの仲良しのお母さんが教えてくれた。これが小学校になってしまったら、わたしの耳に入るのは、ことが大事になったときだ。

  『しほ』が原因であるからして、しほがどうにかしなくてはいけないのだが、フォローはしきれませんでした。これから、やっと夏休みに入ります。この時間を使って、彼女との関係をもっと温かく心地よく安心できるものにしていきたいなぁ。


■    発表会    ■

  発表会に関しては、更新するのもいやなほど、忙しかったし結構辛かった。

  一番辛かったのは、主宰者のH先生との関係で、頭にきたというよりも、本当に辛かったし悲しかった。

  でも、そこはそれ。駆けずり回った。死ぬかと思った。わたしがここまで働いてしまったら、もう二度と本家の舞台に立てないほどに、わたしの働きはすごかったと思う。


  おかげさまで、成功といっていい舞台ができたと思う。

  さて、ペロの大きな舞台での初舞台。やはりペロの踊りは、とびとびに観られる程度だった。彼女は失敗もしたけれど、そこはベビーさんだから許容範囲。彼女もいい経験ができたと思う。


  本家に入って、舞台に立たなかったことはない。完璧裏方で子ども達の舞台を観ていたら、涙が出そうになった。これは初体験。ペロがいるからなのか、は分からない。

  本家に入って、舞台に立たなかったことはない。幕袖で舞台を観ていたら、やはりそこは光の世界で、晴の舞台で、そこにいない自分が不思議に思った。しかし、わたしが出るはずだった振付を観ても高揚はしなかった。わたし程度のレベルで、作品を選ぶなどおこがましいことではあるが、もういいじゃん、趣味なんだから、好きなものを踊らせてくれよ、、、と、やはり思う。


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