Σ( ̄□ ̄;;;)!!4月が終わってしまう!!   2008/4/28(Mon)

  ハーイ♪みなさん、お元気ですかぁ?

  しほぼーもペロぼーもひろぼーも、ちょい風邪で元気はつらつです!!
  ちょっとうたた寝のつもりが、起きたら夜だった!と同じくらい、この4月の日記の間隔があいていることに、自分がびっくりです。


  サクサク、だらだら4月を振り返ってみます。


■    お人形事件    ■

  百万回言いますが、わたしは人形が大好きです。大衆系のリカちゃん、肌触りがぽよぽよのぽぽちゃんから、球体関節人形、紙人形、陶器の人形、アンティークドール、ちょっとここには書けないような人形まで、結構際限なく好きです。
  ほら、御覧なさい。ぽぽちゃんの名前を思い出せずに検索していたら、また、わたしのハートを刺激するウォルドルフ人形(シュタイナーはどうでもいいが、つくっちゃうかもしれないじゃないか)、 リボーン人形という新しいものを蓄えちゃったじゃないですか、、、。ウォルドルフは洗えるのか、、、ふむふむ。あ。うちには、洗えるキャベツ人形もいます。


  ほらほら、全然、主題に入れないじゃないですかぁ、、。

  そんな人形フリークのわたしの娘に人形を送ったら承知せぬぞ、というオーラを周囲にまきちらして生きてきました。人形フリークの娘には、迷いに迷った結果、ドイツだかアメリカ生まれの金髪碧眼の抱っこ人形を与えました。ピッピと命名しました。その後、もっと手軽に遊べるお人形、ということで、我らがリカちゃんを与えようかとも思いましたが、これも迷いに迷い、結局、シルバニア(人ではない)を与えました。

  人形フリークの娘に生まれたがために、ペロは、人の形をした人形を一体しか持っていません。


  バレエ公演の直前に事件はおきました。
  ことの発端は、ペロを幼稚園友達(男の子)の家に預けたこと。預けた事情は端折りますが、なにせ、ペロはたががはずれた黒柳徹子ですので、かなり考えた結果、預けた、とだけ書いておきます。

  そんな状況下、ペロは、友達のお姉ちゃんのリカちゃんに首っ丈で、借りて帰ってきました。ここらへんを、もう少し詳しく言うと、「もう貸してあげるから帰って。」くらい、相手方の親子がお疲れモードでした。そして、、、

  これほどまでに人形フリークのしほがついているにもかかわらず、ペロがリカちゃんを汚してしまいました!!


  このショックがわかりますか?!、、、、っこ、、この、、、ショックが、、!!わかるといってちょうだい、、!

  もう何も手につかない。脳溢血しちゃいそうなくらい。死んでお詫びを、、の一歩手前くらいの気持ちにまで追い詰められました。

  ペロに悪気がなかったのは知っている。しかし、悪気がないからじゃすまないだろう。人形フリークのわたしが相手の子だったら、少なくとも10年は恨む。

  ここから、また、話が長いんですよ、、、。人形フリークですから。今までわたしが所有してきた人形をどのように取得し、どのようになくしてきたか、、、走馬灯のように駆け巡るわけで、、、そりゃ、もう、拷問のように長いのですよ。

  聞き手はペロですが、、、。

  もう、しほの脳みそはとにかくおかしかったのですが、どうにもこうにも、真摯に謝った上での話だ、というところまで落ち着きました。で、謝りました。切腹するのはたやすいが、生きて償うのも人の道、みたいなメールを送りました。

  今、思うと、相手は迷惑ですね、、、。冷静になると分かります。

  しかし、真摯な謝意は伝わりました。当事者のペロが、きちんと謝り終わりました。


  わたしにとっては、今でも心が震える事件でした。そんなわたしに、主人ひろぼーが、「ペロに着せ替え人形を与えたほうがいいのでは?」と提案してきました。


  う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜む。と丸1週間ほど悩んだ末、買ってもいいかも、になりました。
  今度はリカちゃんかジェニーかで3時間ほど、日曜日のおもちゃ屋で、いい年した女一人真剣に悩みました。はた迷惑ですね。

  で、ジェニーを買いました。ジェニーの服のほうが、ペロの服より高かったりするのが笑える。



  、、ほらね、人形事件しか書けなかった、、。いつ、ペロの誕生日にたどり着けるのか、、w。

  長らくお付き合いいただき、ありがとうございましたm(_ _)m


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   公演   2008/4/6(Sun)

  (註)この日記は4月19日に書いています。

  昨年9月に友達のCOCOの【今日の早川さん】が出版されて、自分がバレエオタクであることに気付いた。バレエオタクならば、自分の思いの限りに生きていっていいと思った。で、その勢いのまま、オーディションを生まれて初めて受けた。H先生が主宰メンバーに入っているお陰で受かった。

  一緒に踊るほとんどが中高校生。未来ある中高生。


  今回の舞台で、周囲の応援している視線をすごく感じた。どれだけみんなが心配りをしてくれているのかが分かった。有難かった。

  一番大きな変化は、主人ひろぼーに日常的に心から感謝できるようになったことだ。
  先生や共演者、友人、観にきてくれる人に感謝することは当然だった。しかし、夫に対しては、、、何年も、バレエ関係の人たちから「旦那様に感謝しなさい」と日常的に言われ続けられるほどには、感謝していなかった。日常的に感謝しなかった理由はここには書かない。今回の舞台は、オーディションから公演まで、大変さよりも嬉しさ、幸せが勝った。先生、共演者はもちろんのことだが、一番感謝すべきはひろぼーとペロであることを思い知った。


  2回公演。評価は他人がするものだから、どうだったかは本当には分からない。

  わたしの実力を知るからこそ、先生の奥さんは「よく頑張った。」と言ってくれた。わたしの実力をよく知るJAZZの女性の先生からは、「悪目立ちしなかった。今までだったら(ポアントから)おりていたのにおりなかった。」と言ってくれた。群舞において、悪目立ちしないことは非常に重要ポイント。この先生は割と手厳しいので、かなりの評価である。


  これは公演で発表会ではない。発表会は、そのときの自分の努力をみせ、実力を出し切れば結果を出したことになる。公演の肝は、3000円、4000円払い、その時間を費やしたお客様が、満足したかどうか。

  わたしが、もし、客席にいたら、「(わたしだけでなく)素人を出すなよ。」と思ったことでしょう。コッペリアの主役を踊った子が、わたしが踊った群舞を踊ってこそ、3000円、4000円払って、時間を費やしても、「ああ、いい舞台だったなぁ。」と思うと思う。

  というわけで、この公演に出演したわたしは、非常に自己満足にひたれた、にとどめておく。本当にいい経験をさせてもらった。楽しかった。嬉しかった。幸せだった。

  そうして、数日経って、やっぱりわたしはクラシックバレエが踊りたいんだなぁ、、とつくづく思った。あと2、3回クラシックの群舞を踊らせてもらうことができたなら、H先生のバレエを本当に有難く踊れるかもしれない。


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