DCの伝説はこのように語り継がれる・・・

気付いたらDCはそこにいた、所持金は2794gold
実はウルトラセブンだったんだ。
DCは幼少期、世界征服を企む母の背中を見て育った。
小学生の頃、飲み物を飲んでいるときに限って笑わされてしまい、鼻から牛乳を出すことがしばしばあった。 博多ぶらぶらにあこがれる。
牛乳風呂で溺れたのは18歳の頃の話。(今更言うまでもない)
博多ぶらぶら、○飯をかばい爆死。その後ド○ゴ○ボ○ルで復活。
博多ぶらぶらは、32歳の頃、ひょんな事からサンリオのキャラクターになる。
33歳のとき、外国人に日本語を教えるが、かえって教えられた。
35歳の年に西暦2000年になった。でも本人は2000年未対応だった。2004年。ようやく2000年対応に。でも遅かった。
45歳、「進めタコヤキ君」で歌手デビュー、が一部盗作がばれ某有名作曲家に訴えられる。
そしてその後、約16年間にわたり法廷で争うことになる。
DCは、53歳のころ「パンがないのならお菓子を食べればよいのですわ!」という暴言を吐き、民衆にボコにされる。(なんでやねん)
61歳、DCは、念願だった水虫特効薬を発明。この頃からおてもやんDCは『水虫博士』と呼ばれるようになった。
水虫博士は62歳の時マダンテを覚えるが戦士だったので意味がなかった。
そろそろ水虫博士もお子様に飽きられてきた。なんとかせねば・・・
71歳の頃、失敗する。…何に失敗したかは本人の名誉のため、敢えて伏せておこう。
アンパン早食い大会でアンパンマンを食す。ジャムおじさんのアンパンマンの顔製造が間に合わず、アンパンマン死亡。

 死の直前に「死んだら剥製にして」と言ったつもりが「薫製にして」と言ってしまい、みんなに美味しくいただかれた。享年82歳。


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